new commer 初めてお越しの方の登録 | ホームページ管理人に
hide
ManminCentralChurch

黙示録講解 | 信仰を測ると | 創世記講解

on air
Sermon
Official Service
 
メッセージ(date)
主日礼拝
主日夕方礼拝
金曜徹夜礼拝
メッセージ(date)
主日礼拝
主日夕方礼拝
金曜徹夜礼拝
Lecture
ヨハネの手紙第一
黙示録講解
創世記講解
Theme Sermons
十字架のことば
信仰の量り
十戒
愛の章
天国
地獄
Columns
cell bible
六日間のマナ・上
六日間のマナ・下
神の良きみこころ
信仰の量り
愛の章
御霊の実
神の七つの御霊
祝福の秘訣
クリスチャンの基本
わたしはそれをしましょう
義人は信仰によって生きる
八つの幸い
2010年
2009年
2008年
column
counselor
mis_cross_jp
MIS_Spirit
MIS_HolySpirit
MIS_HolySpirit
 
メッセージ メッセージ > メッセージ
メッセージ
Title
   主のお生まれ②  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   マタイ1:21-23
Date
   2017-12-24


<本文>

<マタイ1:21-23>
「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」

愛する聖徒の皆さん、GCN放送の視聴者の皆さん、大礼拝の時に、イエス様のお生まれの意味とイエス様のお働きの意味についてお伝えしました。人類を救う救い主を遣わしてくださった父なる神様の愛の表現として、イエス様がこの地上に来られたことを申し上げました。そして、イエス様は私たちに天国を教えて、目に見えない霊の世界を御力によって現わして見せる働きをなさったと申しました。

引き続き、クリスマスを迎えて私たちが心に刻むべきこと、第三を申し上げます。それは「主の復活」です。
イエス様は十字架につけられて死なれた後、死の力を打ち破ってよみがえることによって、完全に救い主となられました。よみがえった後、主は数回弟子たちの前にも現われたし、天に上げられるお姿も使徒たちと聖徒たちの前に見せられました。
主は瞬間移動をして天に上られたのでも、皆が眠っている深い夜中に上られたのでもありませんでした。‹使徒1:9›に「こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。」とあるように、多くの群れが見ている間に昇天なさいました。
それでは、イエス様はよみがえった姿を弟子たちに見せて、その後、天に上げられる姿まで人々の前になぜ現われてくださったのでしょうか。それは、将来私たちも復活にあずかることができるという希望と信仰を与えるためです。また、今目に見える世界がすべてではなくて、まことで永遠なる霊の世界があることを教えてくださるためでもあります。それで、何よりも神の子どもたちがこの地上のものではなく、天の御国に望みを置いて生きていくことを望んでおられました。
しかも愛する弟子たちを残して行かなければならないイエス様はさらに気をもんでおられました。やがて彼らが主の証人となる使命を果たしながら、殉教の道を歩む時に、彼らがひたすら復活の栄光のことを思いつつ、すべてを神のみこころにゆだねられる信仰を持つことを望んでおられました。
それで、十字架の死を目の前にしていても、最後まで弟子たちに希望のおことばを植えつけてくださったのです。‹ルカ22:30›「それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。」と言われました。そして、主はよみがえった後も、愛する弟子たちを訪ねて来てくださいました。復活のからだに変えられた姿を見せてくださることによって、さらに確かな希望を与えたいと思われたのです。
よみがえられた主はどんなお姿だったでしょうか。皆さんもこのメッセージをお聞きになるとき、復活の希望がさらに大きくなりますように。主は明るい光に覆われた御霊に属するからだに変えられて現われました。生きている間の肉の姿とは全く違うお姿、苦しみを受けられたイエス様と違って、若くて美しいお姿でした。このように、私たちが復活のからだになると、老若男女を問わず、皆が人生の花と言える33歳の御霊に属するからだを着るようになります。
また、堅く戸を閉めたまま集まっていた弟子たちの前に、主は現われました。このように、復活のからだは肉の空間の制約を受けず、自由自在に行き来できます。また、弟子たちと一緒に食べ物も召し上がることによって、復活のからだも食べて飲むことができるということを見せられました。
主がこのように見せてくださったのは、弟子たちに天国の生活を知らせようとされたのです。もちろん、復活のからだは何かを食べなくても、空腹を感じないで生きていくことができます。しかし、食べて飲む時は、さらに満たされるのです。
また、天国では食べた物が臭いのする排泄物として出て来ません。目に見えない形で全部分解されて、呼吸を通して空気中に排出されます。それで、‹ヨハネ20:22›に「イエス様が息を吹きかけて言われた」という記録を残されたのです。
このように数日間復活を確かに見せてくださった後、ついに主は天に上げられました。これを見た弟子たちは復活の信仰がさらに固くされるしかありませんでした。主の使命を果たし、いのち尽きるまで苦しみを受けながらも、いつも主のおことばを思い出しました。それは「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。」というみことばでした。
聖徒の皆さんもこのみことばを心にいつも置いているでしょうか。将来、主が来られる時に、御霊に属するからだに変えられて、主の復活にあずかることを信じているでしょうか。
本教会に神様は開拓して以来今まで、霊の世界があることを絶え間なく知らせてくださいました。聖徒たちの霊の目を開き、また、いやしと各種の不思議としるしを通して、霊の世界があることを現わしてくださいました。特に、天国を望めるように天国の実像を一つ一つ解き明かしてくださいました。また、霊の分離を通して天国とよみに行って来た人たちが、天国の各場所の美しさと下のよみのむごたらしさを生々しく証しするようにされました。各種の雲と虹で、オーロラの光で、そして御使いたちと信仰の昔の人々を見せてくださることによって、天にあるものに目を向けられるようにしてくださいました。そして、来年はさらに高い次元の空間運営を通して、霊の空間がさらに明らかに繰り広げられるようになるでしょう。
また、私が再創造の力の100を完成する時には、7年間積んだ公義の痕跡がなくなって、体が変形すると神様は言われました。私の変えられた姿を見る者は誰でも「新しいエルサレムへの希望をさらに大きく持つようにする」と言われました。この地上の朽ちるものへの望みは捨てて、天国を望んで走って行く私たちは、やがて死ぬことも、朽ちることもない御霊に属するからだを着て、世の終わりに主を迎えるでしょう。私たちにこのような望みを下さった主に感謝をささげます。

愛する聖徒の皆さん、クリスマスを迎えて私たちが心に刻むべきこと、第四は「主の再臨」です。
12月になると、街には五色のライトで華やかに飾られたツリーとキラキラ輝く色とりどりの照明、そして、キャロルの音楽で満ちています。これはクリスマスをさらに楽しみにさせます。それで、人々はクリスマスに味わう世の快楽と幸せを期待します。
しかし、クリスマスのまことの意味を知っている私たちは世の人とは違います。再び来られる主がさらに待ち遠しく、恋しくなるのです。街を明るく照らしている明かりを見れば、世の光として来られた私たちの主が思い浮かぶでしょう。世界を真っ白く覆っている雪を見れば、私たちの罪をきれいに洗ってくださった主の愛が思い浮かびます。
このように、主を待つということはとてつもない祝福なのです。‹第一テサロニケ5:23後半節›に「主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。」とあるように、再び来られる主を待つ人たちは、主にふさわしい花嫁になるために、毎日変えられる生き方をしているからです。罪を捨てるために努め、悪を引き抜くために切に祈ります。御霊の人と全く聖なるものの心に変えられようと、さらに聖められた生き方をしようと努力するのです。
万民にとっても、12月25日は再臨の主がさらに待たれる幸いな日となりました。以前は再臨の主を思うと、恐ろしさをまず感じた人であっても、今は待つ心に、慕う心に変えられたからです。皆さんにとって12月25日はどんな日でしょうか。「過ぎし日、自分が犯していた罪を父なる神様にすべて打ち明けた日、罪と悪で汚れていた心を洗ってくださって、自分の闇を脱ぎ捨てさせてくださった日、牧者の犠牲と涙を見て『必ず変えられるぞ』と決心した日、あえて夢見ることもできなかった新しいエルサレムを自分の心に抱くようになった日、御霊の歩みと全く聖なるものへ向かって進むためにさらに堅く決心した日」として、人それぞれ意味ある日として迫って来るでしょう。
私も毎年クリスマスになると、再び来られる主をさらに慕うようになります。一年、一年、実を結ぶ聖徒たちを見ながら、将来、主の御前で誇らしく告白するその日を慕うようになるからです。「主よ!主のきよい花嫁たちがここにおります」「主よ!主の犠牲によって結ばれた完全な実がこのように出て来ました」と告白するでしょう。このように待ちの果てにある栄光を慕いつつ、明日迎える12月25日に、喜びと希望がさらにあふれますように。


<結論>

愛する聖徒の皆さん、主はこの地上に来られることによって、私たちにとてつもないプレゼントを下さいました。何よりも十字架の犠牲を通して天国の門をぱっと開いてくださいました。その後、よみがえられた主は私たちに天国への希望を植えつけてくださいました。そして、再び来ると言われた主のお約束を通しては、この地上でなく、永遠の御国を望みながら、価値ある生き方をするようにしてくださいました。このような主は今も私たちと永遠にともにいる天国の場所を備えておられます。将来、その美しいところ、新しいエルサレムまで皆さんが必ず至り、主の喜びになりますよう祝福して祈ります。
きょう夕方礼拝の後にはクリスマス祝賀公演が準備されています。公演のために労苦してくださったすべての出演陣とスタッフの皆さんに感謝いたします。公演を見て、クリスマスの喜びがさらにあふれますように。メリー・クリスマス!

 
ManminCentralChurch
address_ManminCentralChurch